式亭三馬(1776-1822)江戸後期を代表する洒落本や滑稽本などの作家の一人です。
その代表作であり江戸の銭湯を舞台としてあらゆる種類の人々の会話をとらえて、誇張を交えつつも活写していった作品『浮世風呂』(文化6・1809年刊)の「朝湯の光景」の冒頭には、
▲夜あけからすのこゑ かぁ/\/\/\
▲あきんどのこゑ なっと納豆引
△家家の火打の音 カチ/\/\/\
とあります。このように「納豆」の売り声は江戸の日常生活の朝を代表する音として認知されるようになっていたわけです。当時はもちろんテープレコーダーなどの録音機もないので、この一節はその売り声の実態を伝える資料としてはとても貴重です。「なっと納豆引」と「引」と書き添えられているのは、「なっとーなっとー」と近代の売り声と同じように売り声をのばしていたからだということがわかります。また、別の一節には、
古「払扇箱はござい、といふ声が松の内から聞こえるが、扇子扇子とは大きな違ひさネ」きも「何事も氣の早いことさ。納豆を見なせへ。わしらは冬でなくては食ねへもんだと心得居るに、ちかごろは八月のはじめから納豆汁だ」
古「さやうさ、お前、霜月頃にたべたいと思つても、もはや納豆納豆ウの声もしませぬ。イヱ、それについておはなしがある。お江戸に産れた有がたい事には、年中自由が足る。初物は一ばんがけに食ふなり。その外青物にせよ、魚類にせよ、四季ともに是一種無いといふものがござりませぬ」
とあり、もともと冬場の食べ物であった納豆が、しだいに早く作られるようになり一年中作られて売られるようになっていったことがこの部分からもうかがえます。
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